— 肌が記憶する物語 —
湿った土の匂いが漂う中、隆志(たかし)は電車を降りた。見渡す田舎の風景は、まるで読みかけの手紙のように懐かしく広がっていた。
家々は時の流れに磨り減っていたが、蝉の鳴き声は変わらない。しつこく、切なく、そして生きている。
彼が帰ってきたのは義務ではなく、もっとやわらかな理由——終わらなかった記憶の痛み。
そして、彼女がいた。朱色の和紙傘を差して、曇り空の下に静かに佇む秋(あき)。
雨が降り出した。大粒で温かく、洗い流すというより肌に留まるような雨だった。秋は傘を差し出したが、彼女の家に着く頃には二人ともすっかり濡れていた。
袖が肌に張り付き、まるで第二の肌のようだった。家の中で彼女はタオルを差し出す。ほのかに柚子と夏の匂いがした。
顔を拭いていると、彼女が背後に立った。そして——裸の指先が、うなじにそっと触れた。
廊下の姿見に、彼女の姿が映る。
濡れた浴衣の袖から肩のラインがわずかに透けて見えた。髪もほぐれ、一筋が頬に張り付いている。
「あなたの肌、まだあの頃と同じように反応するのね……」その瞬間、ふたりの間にあったのは、静けさと理解だった。
畳の上でお茶を飲みながら、彼女の浴衣の裾が彼の足にふれた。濡れた絹が素肌にすべるような感触——なめらかで、ゆっくりで、微電流のように走る。
かつては避けていた膝と膝が、今は重なり合っていた。外の雨も静まり、まるでその瞬間を聞いているかのようだった。
「心が忘れても、肌は覚えている場所があるの。」
彼は何も言わなかった。ただ彼女の手を取り、そっと胸の上に添えた。その鼓動は、ようやく独りではなかった。